2017年11月27日

クイナの「存在の確認」の習性について

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いつもの川のヨシ原へ。
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目的の場所は水量の関係で入れなくなっているので、対岸のようすを探ることにした。この時期は草が枯れて、藪の中も割合自由に入ることができる。

藪が繁っているときには気づかなかったが、用水路の一部に溜まりを見つけた。こういう場所は大好き。ようすを見に降りる。
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水温の上がったよどみにアブラハヤの稚魚たちが群れている。
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日没時ならクイナが鳴きそうだと思いを馳せていると、そうそうにすぐそばで鳴き始めた。

彼らの居場所に近づきすぎたようだ。警戒の合図だろう。

毎度のことながら、申し訳なく感じつつ、その声を録音させていただくことにした。

しばらく鳴き続ける。

するとよどみの対岸のヨシ原内で、「ファササ」という翼を震わせる音がし始めた。 シジュウカラなどがそのなかで食べ物でも探しているのかと思ったが、姿が見えない。音は地面近くからしていて、定期的にするようになった。



そして、目当ての鳴き声もやみ、録音機を止めてまたじっと待機。すぐそばで鳴いているので姿を見たい。リップシンクロした状態で録音したい。

その間、そういえば、さっきの羽音は、ヤマドリが出す警戒信号の羽音に似ている。と、ひらめく。

一羽の警戒の鳴き声が長らく続いたので、それに呼応するための「存在の確認」用の音ではないのか?と思い当たる。

帰宅して過去の生態図鑑にあたってみる。しかしそれといったようなことは書いてない。

ただ、クイナ科の属するツル目にはもちろんツル類が含まれていて、それらはディスプレイのときに翼をよく用いる。

クイナの場合、見通しの悪いヨシ原のなかで過ごすので、つがいや群れの相手とのコミュニケーションのためによく鳴く。声も多様だ。ツル同様、コミュニケーションに翼を用いることもあっていいように思った。

声の多様性という点でいうと、この日は、クイナのさえずりと思っていた声も録音できた。春、湿地で鳴き続ける声を録音したことがある。お腹を響かせるような低音部と通常の声で出す高音部を重ねて出す鳴き方だ。

秋にも鳴くということは、いわゆる「なわばり宣言」、「求愛」ではなく、相手とのコミュニケーションに使う鳴き方なのだろうか。あるいは「プラスチック・ソング(Plastic song)」ということだろうか。

そもそも、クイナの場合は見通しの悪いヨシ原のそれも地面にいる鳥なので、音による「存在の確認」方法が高度に発達し、「さえずり」に昇華している、あるいは昇華途中ということも考えられる気がする。

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鳴いていた場所に残されていた足跡。足ひれがないのでバンやカイツブリではないことがわかる。

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穏やかに暮れゆく初冬の一日だった。





posted by t at 12:00| 録音行

2017年10月03日

季節の移ろい。

昨冬来、見続けている河川敷のフィールド。

ホオアカ、オオヨシキリは穂先にそっと出てくるだけになり、やがて姿も消してしまった。

ニュウナイスズメの群れがやってきて、軽やかな声で鳴きあっている。

いっとき、大きかったカワラヒワの群れも、小さくなった。
ノビタキ、トケン、シギの仲間などが立ち寄っていった。

ヒヨドリやイワツバメの群れも通り過ぎていった。

訪れるたびに、出会う鳥、出会い方が変わっていく。

日没のヨシ原にクイナの声が響く。すでに北から帰ってきたようだ。


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朝日を浴びて草原が金色に輝く。

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色褪せ始めた藪。シカ食害に辟易しているので、最近、由緒ただしい藪を見ると妙に安心する。

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淡いピンクがかわいらしいミゾソバ。

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日が昇り、体を温めるアマガエル。慌てて出てきたのか、まだ保護色に変身できてない。

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ヤマハギが小さな実を結び始めた。冬鳥の食事の準備を進めてくれている。



posted by t at 00:00| 録音行

2017年08月10日

日光地域のセミ分布の変化

確か、まだソニーのPCMデジタル録音機系をもってなかったときなので、かれこれ10年以上前になっていると思う。この時期になり、鳥のさえずりは少なくなってしまうので、セミの声や水音などを録るようになっていた。そのころ、毎度の録音フィールドだった場所では、ヒグラシがよく鳴いていた。日光山地のすそ野部分、標高は760mほどの場所だった。アブラゼミ、ミンミンゼミは鳴いていなくて、それらの声は、標高を100mほど下げないと聞くことができなかった。自動車の窓を下ろしたまま坂を下って、そのことについて実際に聞いて教わった。
このわずかな標高差のうちに、平地性のセミにとってのなにかしらの境界があって、生き物の適応性、すみわけが生じていることを面白く感じていた。
その後、日光山地の各所へ録音のためにしつこく通うようになって、たしか2000年一桁代の中盤から後半にかけてのころだと思うが、中禅寺湖畔でミンミンゼミの声を聴いて、驚かされたことがあった。山すその700m付近に、すでに生息限界があったのに、それを飛び越えて標高1200mほどの場所にいたのだ。このころ、地球温暖化問題が多く取りざたされていたので、その現象のひとつなのだろうかと思っていた。あるいは、北海道の、とある温泉地にミンミンゼミが限定的に生息しているように、一帯にもなにか温かい要素があるのかもと思って面白く感じていた。
しかし、そんなのんきなことは言っていられない。2015年には、奥日光三ッ岳の斜面でミンミンゼミの鳴き声を聞くことになった。標高は1500mほどもある。この年は、中禅寺湖西岸にあたる千手が浜でアブラゼミの声も聴いた。やはり標高は1200mほどある。さらに、湯元温泉でもアブラゼミが鳴いていた。標高は1600mもある。
この前後の年には、ヒグラシやエゾゼミしか鳴いていなかった山すそ地域でも、ミンミンゼミ、アブラゼミの声が聴かれるようになっていた。ミンミンゼミにいたっては、9月の下旬になっても鳴いていた。今年ももちろん鳴いている。この地域に限っていうならば、生息限界を100m高くしたことになる。
これらはいったいなにを意味しているのだろうか。
山すそ地域から町のなかに出ていくと、体感温度は一気にあがる。これは標高差だけでなく、アスファルトやコンクリートの蓄熱、輻射の作用によるものだと感じている。山すそ地域でも、アスファルトの上に出ると温度がやはり違う。
山すそ地域でいうならば、地球規模の温暖化によるものなのか、日光市街地での小規模でのヒートアイランド現象が発生しているのか。
あるいは、シカの増加によって林床の植生が変わって、地面が露出することによって地面の乾燥化、あるいは蓄熱、輻射効果の変化が起こっている、というようなことも考えられるような気がする。
しかし、奥日光でのミンミンゼミ、アブラゼミの出現はどう考えればいいのだろう。やはり地球温暖化の影響なのだろうか。シカ増加による地表の変化なのだろうか。奥日光の昨今の賑わいを見ると、あるいは自動車の通行量増加による熱量の変化なども考えられるのかもしれない。
音風景がまたひとつ変わっていく。


posted by t at 19:23| 日光

2017年06月26日

ツバメのねぐら。

過去の自分の録音に励まされた。
放置録音に甘んじず、夜駆け朝撃ちを繰り返していた。
あの感覚を取り戻すべく。

前日に放置録音を仕込んだ、広大な河川敷で、自分の耳で実際の音の状況を確認しておくのもひとつかと思ったが、今年見つけた小流のヨシ原で夜明けを迎えることにした。

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土手を上がる。目の前でツバメの声がする。暗くてわからないが、声が移動しないので、おそらくヨシ原のなかで鳴き続けている。


夏の盛りを過ぎるころ、大きなヨシ原へ通い続け、ツバメのねぐらでの鳴き声を録音しようといろいろ挑戦したことがある。

数千羽、いや万単位の群れに出会うことができるものの、あまり強く声を出さないので、芳しいデータを得られていなかった。

そもそも、飛び交うときは短くチュビと鳴くが、ねぐらに入ってしまうと鳴かなくなってしまう。


この前の週は、巣立ちの家族群が夕方飛び交うようすを見ていたので、おそらくそれらがねぐらに降りた状態なのだろう。

しかしなぜ、晩夏のころと違い、このように盛んに鳴き続けるのか。

突然土手に現れた自分に対し、親鳥が警戒の意味で鳴き始めたのではないだろうか。時期からいって、まだ幼鳥と行動を共にしていて、「へんな奴がいるから注意しよう」という号令なのだと思う。

手元の感じもうっすら見えるようになると、もう一羽も鳴くようになった。

家族群のようすを想像しつつ鳴き声を翻訳してみると、雄「こんな暗いときにへんな人間が来た。しばらく様子を見ような」。雌「まだあの人間がいる。しつこいわねえ。早くどこかにいかないかしら」。

そんな感じだろうか。

大群のねぐらの夜明けも見たことがあるが、そのときは薄暗いときから三々五々、ねぐらを飛び出していた。今回は、薄明を迎えても、ヨシ原のなかにいたままだった。

あの鳴き声の元には、今年巣立った幼鳥たちがいる。

前日、子を残して夭折したひとのニュースに接した。人間も鳥も、次代の子を思う気持ちは、本能として根源的には変わらないのかもしれない。

そう思うと、せつない。


posted by t at 20:44| 録音行

2017年06月21日

同一水系のふたつの川を歩く

今年のテーマは、すっかり、河川敷探訪、その環境、状態の比較となっている。

「通い続けた川」の支流へ。
車を降りると、オオヨシキリの鳴き声が聞こえる。土手を上がってみると目の前にヨシ原が広がっている。
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個別の声が判別できないほどの鳴きあいになっている。

南関東で慣れ親しんだ風景だ。河畔の丘陵地や河岸段丘の林の上を、オオタカ、ハヤブサが舞う。土手をイタチが横切る。吹き抜ける風が涼しく、気持ちいい。

上流のダムで水量も制限されているので、川が浅く、釣りや工事など人の手も入っていないようだ。
人の気配は少ないし、ゴミも少ない。

放置録音機材を持ってこなかったので出直すことにした。

この支流の印象がよかったので、出直すついでに、近くの「通い続けた川」下流域も見てみることにする。

車を降りて土手にあがる。ここもいい眺めが広がっている。
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河川敷に通された小径を行く。おそらく釣りに入る車がつけた轍なのだろう。

いろいろな生き物を見つける。楽しい。
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金色で美しい。ハラビロトンボ。

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キマダラセセリ。

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産卵中のキバネツノトンボ。草原を象徴する昆虫。

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これは河原を象徴する花。ミヤコグサ。

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富栄養化した川を象徴した水生昆虫。ヒゲナガカワトビケラ(の一種?)。

ホオアカもやはりいる。

土手に沿って、背丈の低い草が生えている。小径の左右で草の生え方が違う。草の種類、地面のようすからして自然な遷移過程にあるのではなく、工事のあとのような感じがしていた。しかし、草の株の根本を見ると、焼けた跡もある。野焼きも行われる場所のようだ。工事が入ったが、野焼きの習慣もある場所なのだろうと思っていた。
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土手にあがり、ほかに河川敷に降りられる場所を探す。
しばらく行くと、生き物を紹介した看板を見つけた。
どうやら、大学の研究機関、地元団体などが保全活動をしている区画のようだ。

歩いていて感じた不自然さについて納得がいく。
焼き払いの行われていた河原の状態を再現しているのだろう。地方都市に近いこのあたりでは、人の手で強制的に管理しないと、このような環境を保つことができないはずだ。

河原に目をやると、アユ釣りのひとたちが複数。川面の近くまで車で乗り入れている人もいる。

そのような様子を見ていると、カワアイサの群れが逃げていく。この時期まで残っているというのは珍しい。

いい加減なところで折り返してくると、カワアイサが元の場所に戻っている。冬、雄は胸のあたりがピンク色を帯びて美しいが、それがこの時期にどうなっているのか、見てみるつもりで双眼鏡をのぞくと、左端の雌のようすがおかしい。翼を傷めているようだ。
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飛べない雌を残して旅立つことができなかったということなのだろうか。あるいは家族群なのか。それだけ結束の強い鳥ということなのだろうか。

これはおそらく、先日見た、キンクロハジロと同じ理由で翼を傷めているのだろう。カワウを川面に降りさせないようするため、漁協が張った細いラインに翼をぶつけるなり、絡めてしまうなりしてしまったのだと思う。カワアイサは食性、警戒心の強さからして、ほかのカモのように水田などには移動しない。池や川などの広い水面にしかいない。それから類推できるのは、川で起こりうる事故だ。潜水型カモは離水するときにカワウ同様、川面を助走しなければならない。川に低く張られた糸は避けられないのではないだろうか。

先に回った支流は、利水以外の経済的価値が少ないので、ほとんど手が付けられていない。かたや、けがをしたカワアイサのいる本流は、面積、水量などの点で比較にならないほどなので、治水、利水、釣り、狩猟、漁猟、その他レジャーなど経済的価値に翻弄されている。

河川は、例えばある区間について、土手から水面まで含めて河川敷一帯を強い保全規制で守ることはできないのだろうかと最近思う。どの場所も人の手が入ってしまい、いっけんいい環境でも、生き物たちにとって安住の地ではない。日没から夜明けまでの放置録音を繰り返すにつれ、生き物たちは、人間のいなくなる夜間に活動していることを思い知らされる。

奥日光戦場ヶ原がいい例としてわかりやすいが、川は、水面は水産庁、水際まで国交省、(国立公園内の奥日光の場合、環境省)という行政の縦割りのせいで、それはできない。戦場ヶ原は、歩行者は湿地に降りてはだめだが、釣り人は川面にたどりつくために湿地に降りることが許されてしまう。

対照的に、林野は一元的に強い規制をかけることができる。その考え方が河川敷にも応用できないのだろうか。この地で見てきたことを踏まえ、考えをまとめてみたいと思う。

posted by t at 13:53| 録音行